第三回:摂食・嚥下障害の原因とその症状(脳血管障害以外)

3:神経筋接合部・筋疾患による嚥下障害

1) 重症筋無力症 骨格筋の異常な疲労をきたす自己免疫疾患で、神経と筋肉の接合部における伝達機構の障害によって起こります。
嚥下障害の合併は本症の15~30%にみられると考えられています。
嚥下障害は比較的早期の症状で、夕方や食事の終わりに嚥下機能が悪化する筋疲労性が特徴的です。
食事の始まりには問題がないが、食事中に進行性に嚥下障害が悪化するようになります。舌、咬筋、咽頭の筋肉、難口蓋、食道などあらゆる筋肉の運動が障害されます。
2) 筋ジストロフィー A:眼咽頭筋ジストロフィー
進行性の眼瞼下垂と嚥下障害を主徴とする遺伝的疾患で、通常40歳以降に眼症状で始まりますが、嚥下障害と同時発症、あるいは嚥下障害が先行する場合もあります。
咽頭から食道へ筋力の低下を原因とした、食塊の送り込み障害が主体となります。
B:筋緊張性ジストロフィー
予後不良な遺伝性疾患で、先述の進行性筋ジストロフィーとは異なった病変です。筋緊張症は随意収縮後(自分の意志で体を動かすこと)の弛緩が不可能で、不随意(自分の意思とは無関係な動き)の筋緊張が続きます。嚥下障害の合併は約2/3の症例に見られると考えられています。咽頭から食道への送りこみ障害を主な原因とした、固形食の嚥下が困難で、また食事直後の嘔吐が頻発します。
C:膠原病
多発性筋炎(皮膚筋炎)
特に四肢近位筋(体の中心部の筋肉)が侵される筋の炎症性疾患で、皮膚筋炎とも呼ばれています。
本症には悪性腫瘍合併の頻度が高いことが知られています。
嚥下障害を初発症状とするのは2~16%であると考えられ、この中には下咽頭収縮筋が選択的に侵されす、いわゆる輪状咽頭筋アカラジア様の症状を呈するものもあります。
急性型は近位筋の筋力低下で発症し、数週間後に嚥下困難になる予後不良な病態を呈します。
嚥下障害や構音障害で発症するものも少なくありません。
慢性型は四肢筋(手足の筋肉)が徐々に侵されて、嚥下障害は末期まで出現しません。
嚥下困難の程度は疾患の重症度と比例する。しばしば誤嚥性肺炎が致死的となります。
液体よりも固形食の嚥下困難が特徴的で、誤嚥を伴うことが多いと考えられています。
D:進行性全身性硬化症(強皮症)
皮膚、消化管、肺など全身の臓器の慢性リウマチ性疾患で、自己免疫疾患であると考えられます。
嚥下障害は本症の42~75%にみられますが、一般には進行した例に合併します。主に平滑筋が侵襲を受けるので、多くの場合、食道下部の機能障害がその原因となります。嚥下困難を訴えなくても、検査をしてみると、その罹患率は96%にも及ぶとの報告もあります。
固形食の嚥下困難で始まり、やがて水分の嚥下も困難になります。鼻腔への逆流も時に起こります。
E:全身性エリテマトーデス
自己免疫疾患異常が関係した、全身性の炎症性疾患で、中枢神経症状が主となります。
嚥下障害の頻度は高くなく、合併率は2~12%程度と考えられます。
液体、固形物とも嚥下困難を訴え、嚥下後にしばしば胸骨後部の停滞感や疼痛を伴います。

今回は、摂食・嚥下障害を引き起こしうる疾患について説明いたしました。実際に患者さんを診る際に、その症状を検査することは当然重要ですが、患者さんがどんな病気をもっているのかを知ることも同様に重要です。
今回列挙した疾患が、全てではありませんが、今後の臨床に役立てていただければと、考えます。

2:炎症

1) 急性灰白
脊髄炎
本症の麻痺後遺症は、罹患後30年、あるいはそれ以上経過した後に発症する、新たな疾患で今日でも遭遇する可能性があります。
その症状は新たに起こる関節痛、筋肉痛、筋力の低下、呼吸障害などと考えられます。
症例の18%に進行性の嚥下障害を伴うとされています。
液体よりも固形食での嚥下障害が起こり、咽頭部での食物の停滞感を訴えるようになります。
鼻腔への逆流も起こり、咽頭期の障害が主ですが、舌運動が障害される場合もあります。
2) 多発性硬化症 自己免疫疾患による、脱髄性脳脊髄炎で多彩な臨床症状を呈します。
嚥下障害の合併はまれですが、合併すると予後は不良となります。
口腔期、咽頭期ともに障害される場合が甥と考えられます。
3) 脳炎 大脳、脳幹、小脳の非化膿性炎症を脳炎といいますが、病因の種類(ウィルス、リケッチア、細菌、スピロヘータ、原虫など)や、病変部位やその程度により臨床症状は異なります。
脳血管障害と同様に上位運動ニューロンの障害では仮球性麻痺により、延髄神経核を中心とする下位運動ニューロンの障害では球麻痺により嚥下障害が引き起こされます。

1:変性疾患

前回は摂食・嚥下障害の主な原因疾患である脳血管障害について説明しました。 今回は少し難しいかもしれませんが、摂食・嚥下障害を引き起こしうる、その他の疾患について列挙します。

1) 筋萎縮性側索
硬化症(ALS)
上位および下位運動ニューロンの選択的変性疾患で、進行は緩徐ですが、予後不良な疾患です。
上位運動ニューロンが侵されると仮球性麻痺症状を、下位運動ニューロンでは延髄の運動神経核が侵されることにより球麻痺症状で嚥下障害をきたします。
口腔期、特に舌の障害が主体で、舌の萎縮と麻痺により咽頭への送り込みが大きく障害されます。
また、難口蓋の挙上障害もしばしばみられます。
嚥下反射の遅れはしばしばみられますが、いったん誘発されるとその後は正常の嚥下活動が可能な場合が多いです。
しかし病期が進行すると咽頭の挙上障害や咽頭の蠕動運動も起こり得ます。嚥下障害は進行性で、予後は不良です。
2) パーキンソン病 筋萎縮、振戦、動作緩慢を3主徴とする進行性の変性疾患で、嚥下障害は本性の約50%に見られると考えられています。
無症状の症例でも、検査すると嚥下障害が検出される場合があります。
嚥下障害の重症度とパーキンソン病の重症度が一致するとは限りませんが、末期になると嚥下障害は好発します。
口腔から食道まで、全体にわたる嚥下機能が障害されます。
特に口腔期と食道期の送り込みに時間がかかるようになります。
口腔期では、食塊を前後にもてあそぶように動かすものの、咽頭に送り込むのが難しくなる場合などがみられます。
また、嚥下反射の遅れもしばしばみられます。
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